リスキリングの歴史:世界経済フォーラムから始まった世界の潮流

ここ数年、日本のビジネスシーンを席巻している「リスキリング」という言葉。政府は巨額の予算を投じ、企業は研修制度を刷新し、多くのビジネスパーソンが自らのスキルアップに関心を寄せています。

しかし、この「リスキリング」という概念が、一体どこから来て、なぜこれほど急速に世界中に広まったのか、その「歴史」を深く知る人はまだ多くないかもしれません。

実は、この言葉の背景には、スイスのダボスに世界の政財界のリーダーたちが集う世界経済フォーラム(World Economic Forum)が描いた、未来への壮大なビジョンと深刻な危機感が存在します。リスキリングは、日本国内の単なる流行語ではなく、世界的な大変革に対応するために生まれた、必然の潮流なのです。

この記事では、リスキリングの歴史を紐解き、その誕生から、世界を巻き込む「革命」へと発展し、そして日本に本格的に上陸するまでの軌跡をたどります。この歴史的背景を理解することは、私たちがなぜ今、リスキリングに取り組むべきなのか、そして、その努力がどのような未来に繋がっているのかを、より深く確信させてくれるはずです。

「リスキリング」誕生前夜:第四次産業革命と雇用の未来への警鐘

今日のリスキリングの潮流を理解するためには、時計の針を2010年代半ばまで戻す必要があります。この時期、世界経済フォーラム、通称「ダボス会議」では、ある一つのテーマが繰り返し議論されていました。それが「第四次産業革命」です。

2016年ダボス会議:「第四次産業革命」が世界の主要テーマに

2016年のダボス会議で、創設者であるクラウス・シュワブ会長が「第四次産業革命(The Fourth Industrial Revolution)」をメインテーマとして掲げたことが、全ての始まりでした。

これは、AI、IoT、ロボティクス、バイオテクノロジーといった最先端技術が、物理的、デジタル的、生物的な世界の境界線を融合させ、社会のあり方を根本から変えてしまうという考え方です。蒸気機関による第一次、電力による第二次、コンピュータによる第三次産業革命に続く、人類史における巨大な転換点として位置づけられました。

この革命がもたらすのは、便利な未来だけではありません。それは同時に、既存の仕事やスキルが、かつてないスピードで陳腐化していくという、働く人々にとっての深刻な危機を内包していました。

WEF「仕事の未来レポート」が示したスキルギャップの現実

この危機感を具体的なデータで世界に示したのが、世界経済フォーラムが定期的に発行する「仕事の未来(The Future of Jobs)」レポートです。

例えば、2018年版のレポートでは、「2022年までに、世界で7,500万件の仕事が失われる可能性がある一方で、1億3,300万件の新しい仕事が創出される」と予測されました。これは、差し引きで約5,800万件の雇用が生まれるというポジティブな側面もありますが、より重要なのはその内実です。

失われる仕事は主にデータ入力や会計といった定型的な事務作業であり、新たに生まれる仕事はデータアナリスト、AIスペシャリスト、デジタルマーケター(Webマーケティングの専門家など)といった、全く新しいスキルを必要とする専門職でした。

つまり、社会全体で求められるスキルの種類が、根本的に入れ替わってしまうのです。これにより、仕事を失った人々と、企業が求める人材との間に、埋めがたい「スキルギャップ」が生じることが明らかになりました。この巨大なスキルギャップをどう埋めるのか。それが、世界共通の喫緊の課題として浮かび上がったのです。

「アップスキリング」と「リスキリング」という処方箋

この課題に対する明確な処方箋として、世界経済フォーラムが提示したのが、「アップスキリング(Upskilling)」と「リスキリング(Reskilling)」という二つの概念でした。

  • アップスキリング: 現在の職務で求められるスキルの高度化に対応するため、既存のスキルを向上させること。
  • リスキリング: 技術革新などにより、全く新しいスキルが必要となる職務に就くため、新たなスキルを習得すること。

スキルアップのための二つのアプローチを明確に定義し、特に職を失うリスクのある人々を新しい成長分野へ導くリスキリングの重要性を強調したこと。これが、リスキリングが世界の政策課題として認識される大きな一歩となりました。

世界的潮流の決定打:「リスキリング革命」の始動

警鐘を鳴らし、課題を分析するだけでなく、具体的な行動へと移したのが、2020年のダボス会議でした。この年、リスキリングは単なる重要課題から、世界を挙げて取り組むべき「革命」へと昇華します。

2020年1月ダボス会議:官民連携プラットフォームの設立

この会議のハイライトとなったのが、「リスキリング革命(Reskilling Revolution)」プラットフォームの設立発表です。

これは、「2030年までに、世界10億人の人々に、より良い教育、スキル、仕事を提供する」という、極めて野心的な目標を掲げた官民連携のイニシアチブです。

このプラットフォームには、アメリカやフランスといった国家政府だけでなく、マイクロソフト、セールスフォース、PwCといった世界的な大企業、さらにCourseraのようなオンライン教育プラットフォームまで、名だたる組織が参画しました。

これは、リスキリングがもはや個々の企業や個人の努力だけに任せる問題ではなく、国境を越え、官民が一体となって取り組むべき社会全体の課題であるという、強烈なメッセージを世界に発信した歴史的瞬間でした。

なぜ「革命」なのか?- 個人の問題から社会インフラへ

「革命」という強い言葉が使われたのには、理由があります。それは、第四次産業革命という巨大な変化に対応するためには、教育や雇用のシステムそのものを、根本から変革する必要があるという認識があったからです。

これまでの教育は、若者に対して一度行えば終わり、という「フロントローディング型」でした。しかし、これからは人生のあらゆるステージで学び直し、新しいスキルを身につけられるような「生涯学習型」の社会へと移行しなければなりません。

リスキリングを、21世紀の経済社会を支えるための、水道や電気のような「新しい社会インフラ」として整備していく。そのくらいの覚悟と規模感を示すために、「革命」という言葉が選ばれたのです。これにより、個人のキャリアアップ転職のための活動が、社会全体の持続可能性に繋がるという大きな文脈が与えられました。

COVID-19パンデミックによるデジタル化の予期せぬ加速

「リスキリング革命」が宣言された直後、世界はCOVID-19パンデミックという未曾有の事態に見舞われます。皮肉なことに、このパンデミックが、リスキリングの重要性を世界中の人々に痛感させる、最大の触媒となりました。

リモートワークへの強制的な移行、オンラインショッピングの急増、非接触サービスの普及など、社会のデジタル化(DX)が、予測をはるかに超えるスピードで加速しました。

これにより、「仕事の未来レポート」が予測していた未来が、数年前倒しで現実のものとなったのです。デジタルスキルを持つ者と持たざる者の格差は誰の目にも明らかになり、「自分もこのままではいけない」と、多くの人々がリスキリングの必要性を“自分ごと”として捉えるようになりました。

日本におけるリスキリングの本格化と私たちのキャリア戦略

この世界的な潮流は、少し遅れて日本にも本格的に上陸し、今、私たちのキャリアに大きな影響を与えています。

政府主導の動き:岸田政権「人への投資」という国家戦略

日本で「リスキリング」という言葉が一気に広まった大きなきっかけは、2022年の岸田政権による「新しい資本主義」構想の発表です。その中で、「人への投資」を5年間で1兆円に拡充するという方針が打ち出され、その中核に「リスキリング支援」が据えられました。

これは、世界経済フォーラムが提唱した官民一体の取り組みが、まさに日本で国家戦略として具体化されたことを意味します。これまで個人の自己啓発として扱われがちだった学びが、国の成長戦略として明確に位置づけられたことで、企業の取り組みも一気に加速しました。

日本企業の変化:ジョブ型雇用への移行とDX人材の育成

政府の動きと呼応するように、日本企業も、長らく続いてきたメンバーシップ型雇用から、専門スキルを重視するジョブ型雇用への移行を進め始めました。

そして、DX推進のために不可欠な、Webマーケティングやデータサイエンスといった分野の専門人材を、社内で育成しようという動きが活発化しました。これは、まさにグローバルな文脈で語られてきたリスキリングの必要性が、日本企業の経営課題として直結した瞬間です。

歴史的背景から考える、私たちの「リスキリング」

この歴史的な旅路を振り返ると、私たちが今取り組むべきリスキリングが、決して一過性のブームではないことが分かります。

それは、第四次産業革命という巨大な技術革新を背景に、世界経済フォーラムという世界の知性が議論を重ね、パンデミックによって加速され、そして今、日本の国家戦略として推進されている、不可逆的な世界の潮流なのです。

したがって、私たちがリスキリングに取り組むことは、この大きな歴史の流れに自らのキャリアを同期させる、極めて合理的で賢明な選択と言えます。それは、目先のスキルアップだけでなく、グローバルなレベルで評価される能力を身につけ、未来のキャリアの選択肢を最大化するための、戦略的な自己投資なのです。

まとめ:あなたは、世界的な歴史の転換点に立っている

本記事では、リスキリングという言葉が、スイスのダボス会議での議論から生まれ、世界的な「革命」へと発展し、日本に根付くまでの歴史を紐解いてきました。

リスキリングの歴史的変遷

  • 誕生前夜: 世界経済フォーラムが「第四次産業革命」によるスキルギャップに警鐘を鳴らす。
  • 革命の始動: 2020年、官民一体の「リスキリング革命」が宣言され、世界的なアジェンダとなる。
  • 予期せぬ加速: COVID-19がデジタル化を急加速させ、リスキリングの緊急性を高める。
  • 日本への上陸: 日本政府が国家戦略として位置づけ、企業も追随し、社会全体に浸透。

この歴史を知ることで、あなたのリスキリングへの挑戦は、個人的な努力というだけでなく、より大きな意味を持つものとなります。あなたは今、「仕事」や「学び」のあり方が根本から変わる、世界的な歴史の転換点に立っているのです。

この大きな物語の中で、自分はどのような役割を果たしたいのか。どのようなスキルを身につけ、未来に貢献したいのか。そのように考える時、あなたのキャリアアップへの道筋は、より明確で、力強いものになるはずです。

リスキリングおすすめ記事

キャリアおすすめ記事

最近の記事
おすすめ記事
ピックアップ記事
おすすめ記事
アーカイブ
PAGE TOP