「デジタルマーケティング」と「Webマーケティング」。
リスキリングやキャリアアップを考え、マーケティングの世界に足を踏み入れた時、誰もが一度は出会う二つの言葉です。多くのビジネスシーンで、これらはほとんど同じ意味のように使われており、「違いを意識したことがない」という方も多いかもしれません。
しかし、この二つの言葉の間には、実は明確で、そして非常に重要な違いが存在します。そして、その違いを正確に理解しているかどうかは、これからの時代にマーケターとして活躍し、本質的なスキルアップを遂げるための試金石とも言えるのです。
この記事では、そんな「今さら聞けない」二つの言葉の違いを、誰にでも分かるように、具体的な例を交えながら徹底的に解説していきます。この記事を読み終える頃には、あなたは両者の関係性を自信を持って説明できるだけでなく、自身のキャリア戦略を考える上で、より解像度の高い地図を手にしているはずです。
デジタルマーケティングが「森」、Webマーケティングは「森の中の木々」
まず、結論からお伝えします。この二つの言葉の関係性は、「デジタルマーケティング」という広大な森の中に、「Webマーケティング」という、非常に重要で大きな木々の一群が存在する、とイメージするのが最も分かりやすいでしょう。
つまり、**Webマーケティングは、デジタルマーケティングを構成する、強力で中心的な“一部分”**なのです。決して、全く別の概念ではありません。
包括的な「デジタルマーケティング」の定義
デジタルマーケティングとは、その名の通り、あらゆる「デジタル技術」や「デジタルチャネル」を活用して行われるマーケティング活動の総称です。
ここでの「デジタルチャネル」には、私たちが日常的に使うパソコンやスマートフォンはもちろんのこと、スマートウォッチ、スマートスピーカー、街中のデジタルサイネージ(電子看板)、さらにはIoT家電まで、インターネットに接続される、あるいはデジタルデータを用いるすべての接点が含まれます。非常に広範で、包括的な概念です。
その“一部分”である「Webマーケティング」の定義
一方、Webマーケティングは、その名の通り、「Webサイト(World Wide Web)」という空間を中心に行われるマーケティング活動を指します。主な舞台は、Google ChromeやSafariといった「Webブラウザ」を通じてアクセスする世界です。
Webサイトへの集客、サイト内での行動促進、そしてリピート訪問の促進などが、その主な活動領域となります。これはデジタルマーケティングの中でも、特に歴史が長く、中核をなす分野です。
関係性を図でイメージする
この関係性を図で表すと、以下のようになります。
┌──────────────────────────────────────┐
│ デジタルマーケティング(森全体) │
│ │
│ ┌──────────────────────────┐ │
│ │ Webマーケティング(森の中の木々) │ │
│ │ │ │
│ │ ・Webサイト運営 │ │
│ │ ・SEO対策 │ │
│ │ ・Web広告 │ │
│ │ ・コンテンツマーケティング(ブログ等) │ │
│ │ ・メールマーケティング │ │
│ └──────────────────────────┘ │
│ │
│ ・モバイルアプリマーケティング │
│ ・SNSマーケティング ※ │
│ ・IoT連携 │
│ ・デジタルサイネージ │
│ │
└──────────────────────────────────────┘
※SNSマーケティングは、Webブラウザからもアプリからもアクセスするため、両方にまたがる領域と言えます。
このように、Webマーケティングはデジタルマーケティングの重要なサブセット(部分集合)であることが、お分かりいただけるかと思います。
具体的に何が違う?それぞれの施策を徹底分解
では、具体的にどのような施策が、それぞれに含まれるのでしょうか。両者の領域を詳しく見ていくことで、その違いはさらに明確になります。
「Webマーケティング」の主な活動領域
Webマーケティングの活動は、主にWebブラウザを通じて行われる、以下の5つのような施策が中心となります。
- Webサイト運営(オウンドメディア):
自社のコーポレートサイトやサービスサイト、ECサイトなどを構築・運営し、顧客との最も重要な接点とします。デザインの改善や、コンテンツの充実は、全ての基本となります。 - SEO(検索エンジン最適化):
Googleなどの検索エンジンで、自社サイトが上位に表示されるように最適化する施策です。「転職」や「Webマーケティングとは」といったキーワードで検索したユーザーを、広告費をかけずに自社サイトへ誘導することを目指します。 - Web広告:
費用を投じて、Web上に広告を出稿する施策です。検索結果に表示される「リスティング広告」や、他のWebサイトの広告枠に表示される「ディスプレイ広告」などが代表的です。 - コンテンツマーケティング:
ユーザーの課題を解決するような、価値あるブログ記事や導入事例、ホワイトペーパーといった「コンテンツ」を作成・発信し、潜在的な顧客との信頼関係を築きます。SEOと非常に親和性の高い手法です。 - メールマーケティング:
メールマガジンなどを通じて、既存顧客や見込み顧客と継続的なコミュニケーションを取り、リピート購入やファン化を促します。
「デジタルマーケティング」だけが持つ広大な領域
デジタルマーケティングは、上記のWebマーケティングの領域をすべて含んだ上で、さらに以下のような、Webブラウザの外側にある広大な領域までをカバーします。
- モバイルアプリマーケティング:
スマートフォンのアプリ内で行われるマーケティング活動です。アプリ内での広告表示、ユーザーの利用を促す「プッシュ通知」、アプリストア内での検索順位を上げるASO(アプリストア最適化)などが含まれます。 - SNSマーケティング:
X(旧Twitter)やInstagram、TikTokなどは、Webブラウザからもアクセスできますが、多くのユーザーは専用アプリから利用しています。アプリならではの機能を活用したキャンペーンや、インフルエンサーとの連携などは、Webマーケティングの枠を少し超えた、デジタルマーケティングの領域と言えます。 - IoT(モノのインターネット)デバイスとの連携:
インターネットに接続された様々な「モノ」を活用するマーケティングです。例えば、スマートスピーカーに「〇〇を注文して」と話しかける音声コマースや、スマートウォッチで取得した健康データを活用したヘルスケアサービスからの通知などがこれにあたります。 - デジタルサイネージ(電子看板):
駅や店舗、タクシー内などに設置されたディスプレイ広告です。位置情報と連携し、その場所にいる人に合わせた広告をリアルタイムで表示するなど、高度な活用が進んでいます。 - CRM/SFAデータとの連携:
Web上の行動履歴だけでなく、営業がSFA(営業支援システム)に入力した商談履歴や、店舗での購入履歴といった、あらゆる顧客データを統合的に分析し、一人ひとりに最適化されたコミュニケーションを行うことも、広義のデジタルマーケティング戦略です。
このように、デジタルマーケティングは、顧客とのあらゆるデジタル接点を統合し、一貫したブランド体験を提供することを目指す、より大きな概念なのです。
なぜこの「違い」の理解がキャリアにとって重要なのか?
「言葉の定義は分かったけど、それが自分のキャリアにどう関係するの?」
そのように思われるかもしれません。しかし、この違いを理解することは、あなたのスキルアップの方向性や、目指すべきキャリアアップの姿を考える上で、決定的に重要です。
求められるスキルの広がりと「T字型人材」の価値
これからのマーケターに求められるのは、一つの専門分野を深く極めつつ(I型)、関連する他の領域についても幅広い知識を持つ**「T字型人材」**であると言われています。
この「T」の字に、今回の話を当てはめてみましょう。
- 縦のI(専門性): Webマーケティングの特定の分野、例えば「SEO」や「Web広告運用」を誰にも負けないレベルまで深く極めること。
- 横のー(知識の幅): Webマーケティング以外の、モバイルアプリやSNS、データ分析基盤といった、デジタルマーケティング全体の幅広い知識・理解を持つこと。
リスキリングの第一歩として、まずは「SEO」といった専門分野を深く掘り、Webマーケターとして転職するのは、非常に有効な戦略です。しかし、その先のマネージャーや、より高位の戦略家へとキャリアアップしていくためには、Webマーケティングの枠を越え、デジタルマーケティング全体の視点から、最適な施策の組み合わせを設計できる能力が不可欠になります。
「この新商品は、Web広告だけでなく、インフルエンサーを起用したSNSキャンペーンと、アプリ内でのクーポン配布を連動させた方が、効果が最大化するのではないか?」
このような、チャネルを横断した統合的な戦略を立案できる人材こそ、企業が本当に求める、価値の高いデジタルマーケターなのです。
事例で見る:Webマーケティングの視点 vs デジタルマーケティングの視点
あるアパレルブランドが、「若年層の新規顧客獲得」を目指しているとします。
- Webマーケティングの視点に立つ担当者Aさん:
「若年層に人気のファッションインフルエンサーに依頼し、ブログで商品レビューを書いてもらおう。そして、その記事への誘導を強めるために、Instagram広告を出稿しよう」 - デジタルマーケティングの視点に立つ担当者Bさん:
「Aさんの施策に加えて、TikTokでインフルエンサーにショート動画を作成してもらい、動画内で紹介する『ARフィルター(服を仮想試着できる)』を開発しよう。さらに、その動画からブランドの公式LINEアカウントへ誘導し、友だち登録者限定のクーポンを配布して、実店舗への来店も促そう」
どちらが、より顧客の心を動かし、立体的で効果的なキャンペーンであるかは、一目瞭然でしょう。Bさんのように、Webの枠に捉われず、あらゆるデジタルチャネルの可能性を考えることができる。それが、デジタルマーケターとしての市場価値を高めることに繋がります。
森を理解し、木を育てる。それが未来のマーケターの姿
本記事では、「デジタルマーケティング」と「Webマーケティング」の明確な違いと、その関係性について解説してきました。
デジタルマーケティングとWebマーケティングの違い
- 関係性: デジタルマーケティングという広大な「森」の中に、Webマーケティングという重要な「木々」がある。Webマーケティングは、デジタルマーケティングの強力な一部分。
- 領域の違い: Webマーケティングが「Webサイト」を主戦場とするのに対し、デジタルマーケティングは、モバイルアプリやIoTなど、あらゆるデジタル接点を網羅する。
- キャリアへの意味: まずはWebマーケティングという「木」の専門性を育てることが重要。しかし、その先の大きなキャリアアップのためには、デジタルマーケティングという「森」全体を理解する視点が不可欠。
もしあなたが、これからマーケティングの世界でスキルアップを目指すなら、まずはWebマーケティングの核となる分野(SEO、広告、コンテンツなど)から学び始めるのが王道です。それは、最も応用の効く、強力な幹となるスキルだからです。
しかし、そこで学びを止めないでください。常に視野を広げ、アプリの世界では、SNSの世界では、どんな新しいコミュニケーションが生まれているのか、アンテナを張り続けましょう。
最初に一本の木を力強く育て、やがて森全体を育むことができる、視野の広い専門家へ。その戦略的なリスキリングこそが、あなたを、これからの時代に本当に必要とされるマーケターへと成長させてくれるはずです。