「リスキリング」「アップスキリング」「リカレント教育」—。
キャリアや学びに関する情報に触れる中で、これらの言葉を目にする機会が急激に増えました。しかし、それぞれが似ているようでいて、意味合いが少しずつ違うため、「正直、違いがよくわからない」「自分が目指すべきはどれ?」と混乱している方も多いのではないでしょうか。
この言葉の森で迷子にならないために、本記事ではこれら3つの概念を解き明かす「キャリアの羅針盤」となるようなマップを提示します。
それぞれの言葉の正確な意味、目的、そしてどのような人が対象となるのかを明確に区別し、その関係性を明らかにします。さらに、具体的なキャリアの悩みや、成長分野であるWebマーケティング業界を例に取り上げ、あなたが今どの学びのスタイルを選ぶべきか、具体的なアクションプランまで落とし込んで解説します。
この記事を読み終える頃には、あなたのキャリアアップや転職、そして継続的なスキルアップに向けた航路が、くっきりと見えているはずです。
【比較マップ】リスキリング・アップスキリング・リカレント教育の定義と目的
まず最初に、3つの言葉の基本的な意味と目的を整理し、その関係性を地図のように明らかにしていきましょう。これらを正しく理解することが、自分に合った学びの道筋を見つけるための第一歩です。
リスキリング (Reskilling) とは? – 新しい船に乗り換える航海術
リスキリングは、「新しい職業に就くため、あるいは、現在とは業務内容が大幅に変わるため、これまでとは異なる、全く新しいスキルを習得すること」を指します。
デジタルトランスフォーメーション(DX)のように、テクノロジーの進化によって既存の仕事がなくなったり、仕事のやり方が根本的に変わったりする状況で特に重要視されます。
- 目的: 新しい職務や成長分野への適応、戦略的な転職の実現
- 主体: 企業が主導するケース(事業転換のため)と、個人が主導するケース(キャリアチェンジのため)の両方がある
- 学習内容: これまでの職務経験とは関連性の低い、新たな分野の知識・スキル
- キーワード: #キャリアチェンジ #DX対応 #異業種転職 #新しいスキル
例えるなら、「新しい船に乗り換えるための航海術」です。 これまで帆船を操っていた船乗りが、時代の変化に合わせて蒸気船の操縦技術やエンジン整備の知識をゼロから学ぶようなイメージです。例えば、経理事務職の方がWebマーケティングのスキルを学び、デジタルマーケターへとキャリアチェンジを目指すのが、典型的なリスキリングです。
アップスキリング (Upskilling) とは? – 今の船を改造・強化する操船術
アップスキリングは、「現在の職務や職種において、より高いレベルの成果を出すため、または上位の役職に就くため、既存のスキルをさらに磨き上げたり、関連する新たなスキルを習得したりすること」を指します。
これは、今のキャリアの延長線上にある成長、すなわち専門性の深化を目指す取り組みです。
- 目的: 現職での生産性向上、専門性の強化、昇進・昇給といったキャリアアップ
- 主体: 主に個人が自発的に行う、または企業がOJTや研修で支援する
- 学習内容: 現在のスキルを土台とした、より高度で専門的な知識・スキル
- キーワード: #専門性強化 #スキルアップ #昇進・昇給 #生産性向上
例えるなら、「今乗っている船を改造・強化するための操船術」です。 船の速度を上げるためにエンジンの知識を深めたり、より正確な航海のために最新のレーダー航法を学んだりするイメージです。例えば、Web広告の運用担当者が、さらに成果を上げるために統計学やデータ分析のスキルを学ぶケースがこれにあたります。これは明確なスキルアップであり、チームリーダーなどへのキャリアアップに直結します。
リカレント教育 (Recurrent Education) とは? – 航海と寄港を繰り返す人生戦略
リカレント教育は、「学校教育を終えて社会に出た後も、個人の必要に応じて教育機関に戻り、再び働く、というサイクルを生涯にわたって繰り返す考え方」を指します。
リスキリングやアップスキリングが「何を学ぶか」という“What”に焦点を当てた言葉であるのに対し、リカレント教育は「どのように学ぶか」という“How”や、生涯にわたる学びの姿勢そのものを示す、より広範で哲学的な概念です。
- 目的: 長期的な視点での自己実現、社会の変化への生涯を通じた適応
- 主体: 個人の主体的な意思に基づく
- 学習内容: リスキリングやアップスキリングを含む、個人のキャリアやライフステージに応じたあらゆる学び
- キーワード: #生涯学習 #学び直し #キャリア自律 #人生100年時代
例えるなら、「航海(仕事)と寄港(学び)を計画的に繰り返す、生涯の航海計画そのもの」です。 仕事という航海を一度中断して港(大学、大学院など)に立ち寄り、知識やスキルを補給・アップデートしてから、再び新しい航海に出る。この大きなサイクル自体がリカレント教育の概念です。
関係性のまとめ:目的と時間軸で使い分ける
これら3つの関係をまとめると、以下のようになります。
- リカレント教育: 生涯にわたる「学びと仕事のサイクル」という大きな枠組み・考え方。
- リスキリング: そのサイクルの中で、全く新しい分野へ「方向転換」するために行う学び。転職と強く結びつく。
- アップスキリング: 同じ航路をより速く、より安全に進むために「能力向上」を目指す学び。キャリアアップと強く結びつく。
つまり、リカレント教育という大きな人生戦略の中に、キャリアの局面に応じてリスキリングやアップスキリングという戦術が存在する、と捉えると分かりやすいでしょう。
あなたはどれ?キャリアの悩み別で選ぶ最適な学びのスタイル
3つの言葉の違いと関係性がわかったところで、次は「自分にはどれが必要なのか?」を考えていきましょう。ここでは、よくあるキャリアの悩み別に、どの学びのスタイルが最適解となるかを探っていきます。
ケース1:「今の仕事の将来が不安…」→ 戦略的リスキリングで市場価値を高める
【こんな方におすすめ】
- 自分の業界や職種が、AIや自動化で代替されるのではないかと感じている
- 今の仕事は安定しているが、成長性が感じられず、やりがいを見出せない
- 全く違う分野に挑戦して、自分の可能性を広げたい
このような悩みを持つあなたに必要なのは、戦略的なリスキリングです。現状維持ではなく、積極的に未来の需要を見据えて行動を起こす時です。
具体的なアクションプラン:
- 自己分析と市場調査: まずは自分の興味・関心と、これから伸びる成長分野(例: Webマーケティング、データサイエンス、GX関連など)を照らし合わせます。
- 目標設定: 「30代で未経験からWebマーケターに転職する」といった具体的な目標を立てます。
- 学習計画: 目標達成に必要なスキルを洗い出し、厚生労働省の教育訓練給付制度などを活用して、スクールやオンライン講座の受講計画を立てます。
- 実績作り: 学習と並行して、個人のブログやSNSで情報発信をしたり、クラウドソーシングで小さな案件を受けたりして、ポートフォリオ(実績集)を作成します。
不安を放置せず、行動に移すことで、それは未来への期待に変わります。リスキリングは、不確実な時代を乗りこなすための最も有効な武器となります。
ケース2:「今の会社で昇進・昇給したい!」→ アップスキリングで専門性を極める
【こんな方におすすめ】
- 現在の仕事内容が好きで、この道でプロフェッショナルを目指したい
- チーム内で一目置かれる存在になり、リーダーやマネージャーにキャリアアップしたい
- より高い成果を出して、正当な評価と報酬を得たい
このような明確な目標を持つあなたには、アップスキリングが最適です。今の仕事の延長線上で、自身の価値を最大化することを目指しましょう。
具体的なアクションプラン:
- 目標の具体化: 「現在の役職から一つ上のマネージャーになる」「部署でトップの成績を収める」など、具体的なキャリアアップの姿をイメージします。
- スキルギャップの分析: その目標達成のために、今の自分に足りないスキルは何かを上司に相談したり、活躍している先輩を参考にしたりして分析します。(例: Webマーケターなら、より高度な分析力、企画提案力、後輩への指導力など)
- 学習の実行: 書籍やセミナー、専門的なカンファレンスへの参加、資格取得などを通じて、足りないスキルを補います。会社に研修制度があれば積極的に活用し、なければ自己投資として学びます。
- 実践とアピール: 学んだことはすぐに業務で実践し、成果として示します。そして、その成果を定期的な面談などで積極的にアピールし、自身のスキルアップを評価につなげます。
アップスキリングは、着実な成長と評価を求める堅実な戦略です。
ケース3:「一度キャリアをリセットし、深く学びたい」→ リカレント教育の視点で長期計画を
【こんな方におすすめ】
- 数年間がむしゃらに働いてきたが、一度立ち止まって自分のキャリアを根本から見つめ直したい
- より高度な専門知識や経営的視点を身につけ、将来的に起業や経営層を目指したい
- 育児や介護などで一度離職したが、学び直して社会復帰したい
このような大きな転機にいるあなたには、リカレント教育の視点が必要です。短期的なスキル習得だけでなく、数ヶ月~数年単位での学び直しを計画に含めます。
具体的なアクションプラン:
- 長期的なキャリアプランの構想: 5年後、10年後の理想の働き方、生き方を描きます。
- 情報収集: 大学の公開講座、専門職大学院(MBAなど)、社会人向けプログラムなどを幅広くリサーチします。休職や退職、それに伴う資金計画も現実的に検討します。
- 学びの実践: 覚悟を決めて、一度仕事から離れて学びの期間に集中します。この期間は、これまでの経験を体系的に整理し、新たな知識とネットワークを築く貴重な時間となります。
- キャリアの再開: 学びで得たものを武器に、復職、転職、あるいは起業といった新たなキャリアをスタートさせます。
リカレント教育は、人生という長い航海における、最もダイナミックな自己投資と言えるでしょう。
【実践編】Webマーケティング業界で考える3つの学びの形
概念的な話だけではイメージが湧きにくいかもしれません。そこで、具体的な業界として、当メディア「neddia」でも注目しているWebマーケティング業界を例に、3つの学びの形がどのように実践されるのかを見ていきましょう。
リスキリング事例:営業職からWebマーケターへの転身
- 人物像: 32歳、法人営業職。顧客とのコミュニケーション能力は高いが、Webに関する知識はほとんどない。会社の将来性に不安を感じ、手に職をつけたいと考えている。
- 選択: リスキリング
- プロセス:
- Webマーケターへの転職を決意。まずは全体像を掴むため、書籍やWebサイトで情報収集。
- 厚生労働省の「専門実践教育訓練給付金」の対象となっているWebマーケティングスクールに入学。半年間、働きながら夜間や土日で学習。
- スクールでは、SEO、広告運用、コンテンツ作成、データ分析といった実務スキルを体系的に学ぶ。
- 学習の成果として、個人の趣味ブログを立ち上げ、SEOを意識した記事を作成してアクセス数を伸ばすことに成功。これをポートフォリオとする。
- 卒業後、未経験者歓迎の事業会社に転職。営業で培った「顧客視点」を活かし、Webマーケターとしての新たなキャリアをスタートさせた。
アップスキリング事例:Webマーケターが専門性を高め、マネージャーへ
- 人物像: 28歳、Webマーケター歴4年。広告運用とデータ分析は一通りできるが、最近は業務がルーティン化していると感じている。チームリーダーへのキャリアアップを目指している。
- 選択: アップスキリング
- プロセス:
- 自身の強みを「データ分析に基づく戦略立案」と定め、この分野でのスキルアップを決意。
- Google Analyticsの個人認定資格(GAIQ)の上位資格や、統計検定の取得を目指して学習を開始。
- さらに、Pythonを使ったデータ分析や可視化のスキルをオンライン講座で習得。
- 学んだスキルを活かし、既存のレポートをより高度化・自動化。これまで見えていなかったインサイトを発見し、キャンペーンの成果を大幅に改善させた。
- この実績が評価され、チームリーダーに昇格。後輩の育成も任されるようになり、年収もアップした。
リカレント教育事例:一度現場を離れ、大学院でマーケティング経営を学ぶ
- 人物像: 40歳、マーケティング部長。15年以上現場の最前線で活躍してきたが、より経営に近い視点や、アカデミックな理論的背景を学びたいと考えるようになった。
- 選択: リカレント教育
- プロセス:
- 会社の休職制度を利用し、経営大学院(MBA)の社会人コースに入学。
- 大学院では、マーケティング戦略論、経営戦略、ファイナンスなどを体系的に学ぶ。異業種のクラスメイトとの議論を通じて、視野を大きく広げる。
- 自身のキャリアをテーマに修士論文を執筆し、これまでの実務経験を理論的に整理・昇華させる。
- 1年後、会社に復職。MBAで得た知識とネットワークを活かし、全社的なマーケティング戦略の策定や新規事業開発を主導するポジションに就任した。
まとめ:自分だけのキャリアマップを描き、未来へ航海しよう
今回は、「リスキリング」「アップスキリング」「リカレント教育」という、キャリアを考える上で欠かせない3つのキーワードについて、その違いと関係性をマップのように解き明かしてきました。
本記事のポイント
- リスキリングは「新しい船への乗り換え(転職・キャリアチェンジ)」。
- アップスキリングは「今の船の強化(キャリアアップ・専門性向上)」。
- リカレント教育は「航海と寄港の繰り返し(生涯を通じた学びのサイクル)」。
- これらは優劣ではなく、あなたのキャリアの悩みや目的、ライフステージによって最適な選択肢は変わる。
どの航路を選ぶにせよ、これからの時代は「学び続ける姿勢」そのものが、あなたという船を沈ませないための最も重要なエンジンとなります。変化の波を恐れるのではなく、羅針盤を手に、次の目的地を見据えて舵を切る準備を始めましょう。
この記事が、あなただけのキャリアマップを描くための一助となれば幸いです。neddiaでは、これからもWebマーケティング分野を中心に、あなたのスキルアップとキャリア形成に役立つ、実践的な情報をお届けしていきます。